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草月 2010年冬号

書斎の本棚(中)、四段目

「草月 2010年冬号」草月文化事業株式会社出版部 2010年12月1日 1500円

新刊で購入したのだと思う。
年末に出る「草月」は、正月花が載っているので、私としてはよく買う号なのだ。

そして、この号には、私の先生のエッセイが載っているのだが、その中で、
「最近、ミステリを読む。東野が面白い」
という一文がある。

よく言うよ! 私が毎日ミステリばかり読んでいるのを「変な子」呼ばわりした人が!
どうやら、先生は、私が「人が死ぬ話が好き」だと思っているふしがあり、テレビのニュースで殺人事件の報などあると、
「あんたが好きなのをやっているよ」
と言われたものだ。

東野で分かってもらえました? 人が死ねば死ぬほど楽しいのが推理小説じゃないよ。それに、私の一番すきなのはエラリー・クイーンなんですけど。パズラーの最高峰なんですけど!
ということを話しても、長年にわたって刷り込まれた印象は拭い難いらしく、あんたの読むようなのはコワい、と言っている。
いやいやいやいやいやいやいや。東野の方がコワいでしょうが!


花のプリズム

書斎の本棚(中)。

「花のプリズム」草月出版 1995年12月25日 2300円 初版

多分、新刊で購入したと思う。草月会館の売店で、なんとなく買ったのではなかろうか。

本書は、現草月流家元:勅使河原茜氏の作品集。確か、ファースト作品集だったと思う。刊行当時は家元ではなかった。
タイトル、カバーともに透明でキラキラした美しさがあって、まだ年若い、女性の次期家元の本としてはとても良いように思う。

中の作品も、私の好きなものが多く、一冊だけ「茜作品集」を人に勧めるなら、私は「プリズム」をお勧めしたい。


処刑人

居間の平積み本。

「処刑人」シャーリイ・ジャクスン 市田泉訳 創元推理文庫 2016年11月30日 初版 920円

なんと、アマゾンの古書で購入。当然のように新刊で買う気でいたのに、すごい速さでセコハンが出ていたので、そっちを買ってしまった。もちろん、送料を入れても本屋で新刊を買うより安かったのである。うちに届いたその本は、パリッパリにきれいな本で、人の読んだ形跡が全然感じられない。もしも、一度でも読んだ本を古書に出したのだとしたら、驚くほどきれいに本を読む人だったのだと思う。

本書は、前の記事の「鳥の巣」と同様、まだ本棚に納めていない。本来なら、本棚に収納してから記事にするのだが、「鳥の巣」の記事を書いてしまったので、一緒に上げるのがよいかと思い、「処刑人」もアップすることにした。

ジャクスン好きな人なら、「絞首」じゃなくて「処刑」にしたんだね、と思われるだろう。本作は、ほぼ同時に、「絞首人」というタイトルで文遊社からも刊行されている。(なぜ、こんなジャクスンラッシュになったのか、本当に不思議だ。嬉しいけど)
私は、どっちでもいいから、先に本屋で出会った方を買おうと思っていたのだが、たまたま安く古書に出ていたという理由で、創元文庫版を入手することになった。

私は、本作に関しては、あまり予備知識を持っていなかった。唯一知っていたのは、実際にあった女学生の失踪事件にヒントを得たものであるということだった。
ジャクスンは、同じ失踪事件を、短編「行方不明の少女」でもモチーフにしているので、「同じ題材を長編でも扱っている」ということを知っていて、その作が「絞首」だと分かっていて読んだのだ。
結果論だが、この予備知識は無くてよかったと思う。「無くてよかった」というか、「無いほうが良かった」くらいだった。
ヘタに「失踪がモチーフ」と知っていたために、私はいつ失踪するんだろう、いつなんだろう、という「失踪待ち」みたいな読み方をしてしまった。そして、最後まで読めば分かるが、この物語は「失踪した少女の話」ではないのである。

しなくていい「失踪待ち」をしたためか、私としては、作品への没入度合いが浅かったと思う。(正確には、「ジャクスン作品にしては、没入度合いが浅かった」のである。決してつまらなかったということではない)
はまり込みが浅かったためか、もう少しコンパクトに、中篇くらいの長さにしたほうが良かったのではないかという感想を持っている。
じわじわ進むのは良いと思うが、中盤が長すぎるという感を持った。

「日時計」のときと同じことを書いてしまうが、本作も、白黒つけたいタイプの読者には納得いかないと思う。おおいなる、「解明されない何か」がある作であり、そこが楽しみどころなのだ。
だって、キーパーソンであるトニーのことを、読者は何一つ知らないに等しいのだ。てゆーか、お前実在すんのか、というレベルなのである。トニーは、実体のない幻想かもしれないのだ。

幻想と言えば、本作には、あちらこちらに幻想の要素が散らばるが、不思議な世界に突入していく要素は無い。ヒロインの胸のうちの幻想が、地の文に顔を出してきているのであって、ヒロインの実生活には、むしろ不思議要素など無いのだろう。あるとすれば、「社会生活の不思議」だけであろう。

「処刑人」は、ジャクスンのほかの作品とは明らかに違う。
ジャクスン作品の最後によく見られる「破綻」が、本作には無い。私は、「逃げ切ったか!」と思ってしまった。あんた、追いかけてきていた破綻から、逃げ切ったの? どうやって? トニーを差し出して? トニーはあんたかもしれないのに!

トニーには、ジャクスン作品の登場人物によく見られる「邪悪さ」「残酷さ」の要素がほとんど無い。むしろ、「共感」「憧れ」の要素で構成されている。
大いに共感を感じる人物からの誘いは、断りがたい。しかし、ヒロインは、最後にトニーと分かれて道を引き返す。トニーと一緒にいたら避けられない破綻を退けるのである。

これで、ジャクスンの長編作品の邦訳は、「壁を抜ける」一作を残すのみとなった。
私は、将来(近い将来か遠い将来か分からないが)に「壁を」を読めると予想している。
こう思えるのは、とんでもなく幸せなことなのである。私は、子供の頃には、「日時計」や「ずっとお城で暮らしてる」は、読めずに死ぬ可能性の方が高いと思っていたのだ。
本書の刊行も、ありがたいことこのうえなく、創元さんと訳者さんには、心から「ありがとう」と申し上げたい。