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鳥の巣

居間の平積み本。

「鳥の巣」シャーリイ・ジャクスン 北川依子訳 国書刊行会 2016年11月25日 初版 2400円

出版されるやいなや、池袋の旭屋書店で購入。ひたすらに待っていた訳出だった。
現在のところ、本棚のどこに入れようか迷っていて、しかるべき場所に収めてからアップしようと思っていたのだが、それだといつになるか分からないので、とりあえず「居間の平積み」の状態でアップしてしまうことにした。

本書は、ジャクスンの代表作に入るものと思うのに、ぜんっぜん日本では訳出されず、私は40年近くも待ちぼうけをくわされていた。
昨年、久しぶりにジャクスンの新訳が来ると聞いて、「今度こそ『鳥の巣』では?」と思ったら「日時計」だったときには、もう自分は「鳥の巣」の訳本は読めずに死ぬんだきっと、と思い始めたものだ。私はひそかに、「鳥の巣」が出なかったのは、何らかの障害があったせいだと思っている。契約上の何かとか、難しいことは分からんが、絶対に「なんとなく、今になりました」じゃないと信じているのだ。

そんな思いで読んだ「鳥の巣」は、良い読書だった。一気呵成に二日で読んだ。寝落ちしなければ、一晩で読めたはずだった。
本書は、いわゆる多重人格をテーマにした物語である。多重人格の小説と言うと、一番知名度が高いのはダニエル・キイスの「24人のビリー・ミリガン」(ノンフィクションと言うべきなのか?)だろうか。
「鳥の巣」は、ダニエル・キイス風タイトルにすると、「4人のエリザベス・リッチモンド」である。
一人の人間の中に4人の人格がいて、それぞれに年齢も違う。
主人公は、4人に分かれちゃってるエリザベスなのだが、私には「ジャクスンらしからぬ主人公」と感じられた。どうも、明確に「ご病気の人」であるのが、ジャクスンらしくないと思えたのだ。なんか、エリザベスの様子というのは、「病気の症例報告」のように読めたのである。(私は精神科医でもなく、実際に多重人格の人にも会ったことが無く、エリザベスの多重人格の描写にどのくらいのリアリティがあるのか全く分からない)

物語の中で、もっともジャクスンらしい登場人物は、エリザベスのおばのモーゲンだろう。このおばちゃんは、自分のやり方に人を合わせさせ、人の言うことには聞く耳持たず、エリザベスの生活を支配している。両親を早くなくし、こんなおばちゃんと暮らしたから、エリザベスは4分割されてしまったんだろう。
モーゲンのおばちゃんは、なかなかすごくて、自分の姪が突如別人格になっても全然驚かない。実にストレートに迎え撃つのだ。コロコロ変わる4人の人格と渡り合うこのおばちゃんのパワーはすごいものがある。

主人公の「4人」だが、その中で一番影が薄いのは、本当のエリザベスというか、「今までエリザベス・リッチモンドとして生きてきた人格、みんなが『この人がエリザベス・リッチモンドだ』と認識している人格」である。器量も良くなく、おとなしすぎて感情の読めない女なので、この人に感情移入するのは難しい。
この人は自分ってものが無いのか、つまらん女よ、と思っているところに、第二の人格のベスが現れる。この子は、素直でやさしくて良い子なので、読者はちょいと「こっちの方がいいな」と思う。
ベスのさらに下の層に隠れていたのがベッツィだ。こいつは、登場の仕方が悪魔のようなので、こりゃあいかんと思うのに、最終的にベスよりも生き生きと描かれていき、読者は彼女を嫌いにはなれない。
最後に現れるのが冷酷で派手好きで、金の亡者のベティ。ベティとベッツィのマウントの取り合いは壮絶である。

この4人の人格が、とっかえひっかえ出ては消え、消えては出てきて、しかもベッツィがベスを完璧に演じたりして、今誰と話しているんだということになっていくが、会話にごちゃついたところは無く、読者を驚かせはするが混乱はさせないストーリーになっている。

ビリー・ミリガンがそうであったように、エリザベスにも、人格が分裂するには原因があった。
この物語は、葛藤の物語なのだと思う。あまりにも神秘的ではあるが、一般の読者が共感できる葛藤の物語なのだと思う。

本作の結末は、どう捉えたらいいのだろうか? あれは一種のハッピーエンドなのだろうか。それとも、限りない破綻なのだろうか。雰囲気的には「ハッピーエンド風」になっているが、それを言ったら「日時計」だってハッピーエンド風なのだ。
病気がどういう結果になったかということよりも、人間の葛藤の破壊力というものを直視するのが、本書の正しい読み方なのかもしれない。

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